3.11 あれから10年<これから共に作る未来>を

2011年その日の14時46分
グラグラグラグラ…突然の大きな揺れ始まった

都内東銀座の大きなビルの中にいたが近くにある机や壁にしがみつくのが精一杯。
まるでディズニーランドのアトラクションにでも載っているかのように、建物ごと、部屋ごと、人ごと、そこら辺にあるもの全てが大きき揺さぶられそれが波のように何度も何度も押し寄せる感覚。
今でも「忘れない」。
そして先ごろ機会があって、福島の原発付近のある通称「浜通り」へ。いわきまで常磐自動車道、そこから先はあえてR6号を相馬まで。
放射線量を測る線量計の値は茨城から福島に入る県境あたりから徐々に増え浪江あたりでは今まだ高い。
そしてR6号から見る街並みは、田畑は荒れ果ていまだに立ち入りができないエリアが残され、震災後手付かずの家屋や店舗もある。
復興にはまだまだ程遠いのが現実だ。まだ先は長い。

それでも、僕たちは生きている。そしてまだ残されている未来やそこに生きる子供達のために
共に生きて共に作ろう【新しい未来を】!